根上少年野球クラブでは、慣例として卒業する6年生が相談して次の主将を決 めていました。松井選手が5年生のときに、6年生が決めた主将は松井選手以外の人でした。根上少年野球クラブは、3年生から入部できるため5年生から入部した松井選手は、当然主将に選ばれると思っていませんでした。
しかし、5年生の全ての選手は松井選手が選ばれると思っていたみたいで、後に6年生から主将に選ばれた選手が5年生全員を集め、「主将は松井の方が良いと思わないか」と話し合いの場をもち、5年生全員が納得し監督にお願いして主将が松井選手に交代するという異例の出来事がありました。
根上中学校2年生のときに、石川県大会で優勝した根上中学校は中部日本中学校野球選手権大会に出場し、松井選手の活躍もあって決勝戦に駒を進めました。しかし決勝戦では1対2で惜しくも敗れ準優勝に終わりました。
閉会式後全ての大会が終わった3年生が泣きじゃくる中、2年生の松井選手がレギュラーでベンチに入ったことにより、準優勝メダルをもらえなかった3年生に「僕らは来年金メダルを取るので」と言って首に掛けていた準優勝メダルをそっとはずし、3年生の首に準優勝メダルを掛けてあげました。掛けてもらった3年生はあまりの嬉しさに大声をだして泣きじゃくり、それを見ていた指導者や父兄の方も同じように涙を流していました。![]()
根上中学校のグラウンドのそばに焼肉屋さんがあり、店主も女将さんも野球が大好きで生徒たちに「練習がんばれや。今度の大会で優勝したらラーメンおごってあげるからお店においで。」と声を掛けていました。ある大会で優勝し早速ラーメンをおごってもらおうと焼肉屋に向かい、ラーメンだけでなく餃子や肉までもおごってもらいました。空腹だった松井選手には何よりのご馳走だったのか、その後も帰り道に前を通るお店だったこともあり、部活動を終え空腹だった松井選手は匂いにつられ何度となく足を運ぶようになりました。しかし、学校の規則にもあるように寄り道や買い食いは禁止されているため、家に帰っても食べてきたと言えず家でも普通に夕飯を食べていました。焼肉屋で何杯ものご飯とラーメンや餃子に肉を食べ、家に帰ってからも普通に食べていたことを後に知った両親や焼肉屋の人がビックリしたのは言うまでもないことです。